『I Care Because You Do』

神様はいない。けど、いた。’90年代の終わり頃に。
もちろん麻原彰晃じゃなくて。
リチャード・D・ジェームス、庵野秀明、そしてYOSHIKI。
これが僕の神さま。なんてことだ、三人もいる。
‘90年代の話を書こうと思う。本当のお話、本当の物語を。
神さまに、置いてきぼりにされた瞬間を。
’90年代のどんな事件より、どんな災害より、
もっと決定的に世界を終わらせてしまった出来事を。
彼がステージに姿を現してくれなかったあの日のことを。
あのテレ東のアニメの最終話を。解散と突然の悲劇を。
ほんのちょっと遅れてやってきた、本当の結末。
三人の神さまに、この物語を捧げる。
アイ・ケア・ビコーズ・ユー・ドゥー。

西島大介『I Care Because You Do』まえがきにかえて。より

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最近若いひと()と話しててピエーとなる。
ま、ま、間違いなく90年代は昔話になってしまった!なんてこった。
みんな、公衆電話に並んでなかったのか。レンタルCD借りてなかったのか。 DJ気取りで手書きの曲リストとカセット(当然120分カセットだ)を好きな人にプレゼントしてなかったのか。JET STREAMのナレーションを書き写してなかったのか。ルーズソックスを履いてなかったのか。エヴァカードを集めてなかったのか。ネルフ名刺とか作ってなかったのか。
そろそろお腹が痛くなってきたのでやめよう。大人は無理をしない。

ともかく、思春期ど真ん中の中学生達には、一人一人に何の根拠も無く信じている「絶対」があった。この作品風に言うなら神だ。
永遠に思えたのに、ノストラダムスでも地震でもサリンでも死ななかった神は、いつか静かに死んでいって、90年代という世界は終焉を迎えた。でも何にも終わってない。だから思い出すと少し悲しい。

正しく苦くて切ないノスタルジア。って感じの一冊。
もちろんとことん優しい。
前に向かって歩いてこそ、過去は苦くともおいしいお酒になる。
ごくたまに友人と一緒に飲んで笑って。
多分これが、一番健全な過去の処理方法だと思う。

I Care Because You Do.
だから私がタイトルを訳すなら、「あなたが進むから、一緒にいる」になる。
英語は中学の時から苦手だから仕方ない。